店舗のご案内

大正7年(1918年)の創業当時、当店は市内の本町通りで営業を開始し、そののち、ご縁あって、現在の店舗を構える銀座の四つ角に移転致しました。その後、昭和19年(太平洋戦争中)の熱海本町火災で店舗を消失してしまったため、翌年の昭和20年、太平洋戦争の終戦直後ではありましたが、京都から宮大工さんをお招きし、約2年半の歳月をかけて、昭和22年後半に現在の宮造りの店舗が完成致しました。

当時、熟練の技術をもった宮大工さんが、はるばる熱海までお越し頂けたのは、熱海が日本有数の温泉地であり、環境が良いこと、そして、初代鶴吉の妻まさの実家が農家であったため、食べる物には困らない環境だったから、と伝えられております。

当時を振り返ると、戦後まもない時期にも関わらず、宮造りの店舗を建築することは、だいそれた計画でありました。しかしながら、当店の菩提寺から優秀な宮大工さんをご紹介いただいた事で、建築が可能となり、建設中の宮大工さんの滞在先は、ご近所の旅館さんでありました。このように、当店舗は、地元の皆様のお力添えなしには、完成し得なかったものであります。

しかし、新店舗が完成して、僅か二年後の昭和25年、熱海大火が発生致しました。新店舗で営業を再開したばかりの当店は、家族一同、絶望的な想いを抱えながら、何はともあれ命が大事と、取るものもとりあえず、身一つで、山側に逃げ込みました。激しい炎は当店の目の前まで迫ってきたそうですが、当店の目の前で突然風向きが変わり、新店舗に火が燃え移ることはなく、奇跡的に焼失という難を逃れました。

そして、火災が落ち着いた後、一家が帰宅すると、そこには、熱海に駐屯していた連合軍の関係者が、たくさんいたそうです。初代鶴吉の娘の愛子は、土足の外国兵が大勢いて、たいそう驚いたそうですが、彼らは店舗の二階に上り、いざ、お店に火が燃え移った時には、その火を消すためにと、水の入ったバケツをもって、お店を守っていてくださいました。当店を大火から救ってくださった連合軍の多くは、熱海湾沖に停泊していた軍艦に滞在されていた、と伝え聞いております。

このように、当店は焼失の危機にさらされながらも、たくさんの方のお力を借りて、その危機を乗り越え、現在も営業を続けております。建屋は宮造りですので、店内の天井は、折上小組格天井といい、宮大工の棟梁が尺を使わず、長年の勘のみでカンナを使いこなした、技の集大成であり、その美しいカーブの様子は一見の価値がございます。また、他にも雀や蝶の釘隠、当時では珍しいシャンデリア、鬼瓦等、70年前から一度も手を加えることなく、当時のままの姿を保っております。

当店にお越しの際には、お菓子をお求め頂くと同時に、昭和の木造建築の歴史も、ぜひお楽しみ下さい。

今では、宮造り建築の修復を引き受けてくださる宮大工さんが、見つかりにくくなりましたが、未来に残してゆく建築物としても、店舗の安全点検をしながら、「熱海 本家ときわぎ」を守っていく所存でございます。

概要

商号:株式会社 常盤木

所在地:静岡県熱海市銀座町14番1号

TEL&FAX:0557-81-2228

創業:1918年(大正7年)

法人設立:1949年(昭和24年)

代表取締役社長:前澤章治

営業時間:AM9:30〜PM5:30

定休日:水・木曜日(祝日は営業)

ときわぎ地図

熱海駅から当店までは、5つのポイントを目印に、お越しください。

(1)駅を背にすると、右手側に平和通り商店街があります。このアーケードを抜けて、道なりに緩やかな坂を下ります。
(2)一つ目のカーブに、コンビニエンスストアが、左手側に見えます。そのまま、さらに真っ直ぐ歩いてください。
(3)二つ目のカーブに差し掛かると、左手側に大江戸温泉が見えてきます。
(4)さらに真っ直ぐ進み、横断歩道を渡って、フジナカ靴店を過ぎると、三つ目のカーブがあり、左手側にホテル貫一があります。ここに大きな桜の木があり、その側に階段があります。
(5)階段を降りると、道沿いに、福島屋旅館があり、その先に当店「熱海 本家ときわぎ」がございます。
(道沿いに、銅の屋根の軒先が出ています。)

熱海駅から当店までは、ゆっくり歩いて約15分です。

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和菓子ときわぎ       静岡県熱海市銀座町 電話0557812228 ご注文はこちら facebook